これには、どんな意味が?
川上先生に言及していただいたので、
その当時のことをお話させていただきますね。
もちろん、話せることと、話せないことがあるのですべては書きません。
あと、あの時にはもちろん自分も頑張った自負あります。
でも、あの時にエイメイの先生たち、生徒たち、保護者様たち、卒業生たち
みんなが頑張った、踏ん張ったからこそ今のエイメイがあるんだと思います。
そう思って読んでくれればと思います。
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2011年の3月にエイメイ学院の鶴瀬校が出来た。
開校時の塾長は、川上先生だ。
みずほ台校舎の塾長を自分が任されることになった。
正直、このときの自分は「塾長くらい余裕でできるだろう!」
と、一言でいうとナメていた。
何の根拠もない自分の自信はあっという間に崩れ落ちた。
自分の力なんて1ミリも役に立たなかった。
3.11の東日本大震災の影響もあった。
塾に通ってる場合じゃない。
授業している場合じゃない。
そんななか、塾長としてのスタートを切った。
生徒がどんどん辞めていってしまう。
電話が鳴れば、
今月で辞めさせて下さい。
今週で辞めさせて下さい。
電話に出たくなかった、保護者様と会話をしたくなかった。
塾長として先生たちの先頭に立って引っ張って行けなかった。
不甲斐ない自分は、何も行動できなかった。
いや、行動しなかった。
そんな時に、川上先生からの言葉に救われた。
いや、正確に言うと、川上先生から言われた自分の言葉に救われた。
鶴瀬のオープンから数日で大震災、自分も大変な中、自分を気にかけてくれた。
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【大変】と書いて、【大きく変わる】んだろ?
大変なときこそ、大きく変わるチャンスなんだろ?
しっかりやってみろ!
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そこから、自分の中で何かが変わった。
でも、何をすれば正解かなんてわからない。
だから、とにかく誰よりも長く校舎にいて仕事をした。
仕事って言っても、教室をきれいにしたり、
花壇をきれいにしたり、整理整頓をしたり、、、。
看板を増やして物理的に明るくもした。
それでも中々結果が伴わない。
そして、ある日の授業の反省会のことだった。
この日のことは忘れない。
みずほ台にいた先生たちに、自分の思いを伝えた。
悔しい、みんなも頑張ってくれてるけど、今の頑張りではダメだ。
そうやってより強い校舎へのスタートを切った。
結果が出始めたのが、その数カ月後だった。
あのときにエイメイを支えてくれた先生たちがいたから、
辞めの連絡は、激減して体験の連絡が増えていった。
人間、時間が経つといろんなことを忘れてしまう。
踏ん張るタイミングを、いろんな方法で教えてくれる川上先生。
頑張っていた頃を思い出させてくれる川上先生。
そんな川上先生とも今年で17年目の付き合いですね!
今年は、新たなチャレンジがあります!
がんばりますよ!
1人で、ではなくチームEIMEIで!